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昨日22時10分プロレスリングノア社長、
三沢光晴選手が永眠しました。
試合中、バックドロップを受けそのまま帰らぬ人に。

誰もが認める
プロレスを引っ張っていく最高のトップレスラー。
日本一、世界一のレスラー。
そして一番好きなレスラーでした。
今も信じられない、信じたくない。
そんな気持ちです。

どんなに相手にやられつづけても
必ず立ち上がり、最後には勝利をつかみ取る。
そんな三沢選手の闘いに、
心躍らされ、ガッツをいつももらってました。
今回も、絶対にまた立ち上がって復活してくれると信じていました。
その願いも叶わず…。

今、気になることは相手の斉藤選手のこと。
責任を感じているのではないだろうか。
もしかしたらレスリングすることができなくなっていないだろうか。
とても心配です。
三沢選手はどんな技を受けても立ち上がってくる。
きつい技をかけてしまうのは当然なのです。
なので、今回のことはどうしようもできないこと。
故意にしたことではないので
このことを背負うことなく、
いや、むしろ三沢選手の意志を継いで
今まで以上に一層プロレス道を貫いて行って欲しいです。
がんばれ!斉藤彰俊!


misawa.jpg
実は2週間前、ある居酒屋で三沢選手とご一緒になりました。
トイレ待ちしていると、でてきたのがなんと三沢選手。
「あ、お待たせしてすみません」と
丁寧に言ってくださりました。
突然の出来事に、一瞬何を言って良いのかわからず…。
あぁ、あのとき握手してもらえば良かった。
でも、トイレの後だからそれはそれで向こうも嫌だろうなと思って。

そんなことを思い出し、
昨日は訃報を聞いた後、その居酒屋に行ってきました。
いままで全然気がつかなかったのに、あることに気づいてしまった。
レジのところに三沢選手のサインと人形があることを。
お店の人といろいろ話をして
そのサインと人形の写真を撮らせていただきました。
呑みながら、三沢選手の話をしていると
自然と涙があふれてきて、いつの間にか居酒屋で号泣してた。
朝までしこたま呑みました。
呑まずにいられなかった。
帰り、わざわざお店に貼ってある今回の興行のポスターをはがして
記念にと言ってプレゼントしてくださりました。
本当にありがとうございます。

2代目タイガーマスクとして日本に戻ってきて、
初代の重圧とファンからの批判。
すごい大変だっただろうなぁ。
いきなり試合中、自らマスクを脱ぎ、
三沢光晴として闘いを始めたとき鳥肌がたったよ。
自分の中でのベストバウトは
三沢・川田組VSゴディ・ウイリアムズ組の
三冠選手権試合。壮絶な闘いでした。
もう、思い出がいっぱいありすぎて書ききれないよ。

今も、これを書きながら
入場曲「スパルタンX」をずっと流し続けています。
三沢光晴選手。彼は伝説になりました。
今まで夢と希望と勇気を与えてくれて
本当にありがとうございました。

謹んで故人のご冥福をお祈りいたします。


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プロレスリングノアからマスコミへのコメント

【ご報告】
弊社代表取締役 三澤光晴儀、6月13日永眠いたしました。
多くの皆様より頂戴しておりますご厚誼に深く御礼申し上げます。
いかなる時も全力で試合に臨む故人の意志を継ぎ、
今後とも選手・社員一同邁進してまいります。
ご声援のほど重ねてお願い申し上げます。

2009年6月14日 株式会社プロレスリング・ノア

プロレスリングノアHP
http://www.noah.co.jp/index2.php

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マット界に衝撃、“箱舟”の総帥・三沢光晴さん逝く・・・ 14日の福岡大会は予定通り開催へ
 プロレスリング・ノアの代表取締役でレスラーの三沢光晴さんが13日、広島県立総合体育館グリーンアリーナで開催された試合中に対戦相手の技を受け頭部を強打。その後、広島市内の病院に搬送されたが同日午後10時10分に死亡が確認された。享年46。同団体は公式ホームページに訃報を掲載するとともに、14日開催の福岡・博多スターレーン大会をはじめ、現在発表されている大会は予定通り開催することを発表している。

 まさかの事態にマット界は驚きを隠せない。新日本プロレスの蝶野正洋は「三沢光晴氏の突然の訃報、驚きと悲しみにたえません。御家族、関係者御一同、三沢光晴ファンの皆様に、心よりお悔やみ申し上げ、ご冥福をお祈りいたします」。永田裕志は「業界の象徴として現役で頑張っていて欲しかった」と、それぞれブログを通じて哀悼の意を表した。

 三沢さんは1962年埼玉県越谷市出身。81年に全日本プロレスでデビューし、2代目タイガーマスクとして活躍。90年には素顔に戻り、92年に3冠ヘビー級王座を初戴冠。川田利明、小橋建太、田上明との激闘は“四天王プロレス”と称され、一時代を築き上げた。その後、2000年にプロレスリング・ノアを旗揚げ。トップレスラーとして同団体のみならずマット界を牽引してきた。
( 2009年06月14日 10時00分 オリコン ライフ)





本当に悲しいニュース。
相手選手の技を受けて、受けて、受けて。
それでも最後には勝ってみせる三沢が大好きでした。汗ばむ季節には、流れる汗を指で払うまねもしました。
本物のプロレスが終わった気がする。

ご冥福をお祈りいたします。
【2009/06/16 00:40】 URL | うえ #-[ 編集]
>うえさん
三沢ワイパー、真似したした!

馬場・鶴田・橋本・ハンセン…
数多くの名選手が星になったけど、
ここまで哀しいのは初めて。

でも、プロレスはまだ終わらないよ!
絶対ノアの選手達が三沢の志を継いでいってくれると
信じております。
すぐにはできないかもしれないけれど。

あぁ、未だに信じたくない。

RIP 三沢光晴
【2009/06/16 07:59】 URL | 豆鯖 #9zOzYU0I[ 編集]














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